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ルクソール神殿、カルナック神殿

ルクソール神殿

 ルクソール神殿は、エジプトのルクソール(古代のテーベ)東岸にある古代エジプト時代の神殿複合体である。もともとカルナック神殿の中心を形成するアメン大神殿の付属神殿として、エジプト第18王朝(紀元前1550-1295年頃)ファラオのアメンホテプ3世(紀元前1390-1352年頃)によって中心部分が建立された。

 

神殿の後方には、アメンホテプ3世およびアレクサンドロス3世(紀元前332-323年[3])によって構築された祠堂がある。ローマ時代には、神殿およびその周辺は軍の要塞となり、その領域はローマ政府の基地であった。

アメン大神殿とはスフィンクスの参道で結ばれていた。神殿入口となる第1塔門の前には1対のラムセス2世(紀元前1279-1213年頃)の坐像、その手前にはオベリスク(高さ25メートル[7])が1本立っている。オベリスクは本来左右2本あったが、右側の1本(高さ22.55メートル)は1819年、フランスに贈られてパリに運ばれ、現在コンコルド広場にある。

 ルクソール神殿の福殿、参道、塔門、中庭、大列柱廊、列柱室、至聖所がバランスよく配置されている。

途中で主軸が10度ずれているのは神殿の正面を太陽の登る東側にするためだったらしい。

新王国時代第18王朝アメンヘテプ三世と第19王朝ラムセス二世が建設したもの。ツタンカーメンが一部の修復を完成させている。

アメンヘテプ三世の息子アクエンアテン王は強力な神官団に支配されたアメン神信仰を嫌いアマルナに遷都。神殿は荒れ果てた。次王ツタンカーメンが修復し一部を完成させている。

神殿内部には13世紀に建てられたモスクがある。

かつて門前には6体のラムセス2世の像があった。しかし今は1体の頭像がオベリスクの左下にある。

オベリスクの一本はパリのコンコルド広場にある。

 

オベリスク 編集
他のエジプト建造物と共通して使われた一般的手法として、象徴的表現すなわち錯視的表現があった[10]。ルクソール神殿の入口に隣接する2本のオベリスク(西側の少し小さい1本は現在パリのコンコルド広場は同じ高さではなかったが、そうであるような錯覚を作り出していた。神殿の配置と一体になり、それらは等しい高さであるように見えるが、錯視的表現を用いてそれが後方の壁のため同じ大きさに見えるよう、相対的な距離を増すように形作った。象徴的に、壁からの高さと距離を強調し、すでにあった従来の通路を整備した視覚的かつ空間的効果であった。

パリのコンコルド広場の中心部には、このルクソール神殿から運んできたオベリスク である「クレオパトラの針」が置かれている。

ルクソール神殿 - Wikipedia

 

 

カルナック神殿

670キロメートルさかのぼった東岸に位置し新王国時代(紀元前1550-1069年頃)に繁栄した古代の首都テーベ(古名ワセト、現在のルクソールとその近辺)に建てられた。その巨大都市テーベの一部であるカルナック複合体の名は、近隣にあって一部を取り囲む、ルクソールの北およそ3キロメートルにある現代の村、エル=カルナックより名付けられている。西岸には歴代の王が眠る王家の谷や貴族の墓、ハトシェプスト女王葬祭殿などがある。歴代の王が寄進して増改築を重ね拡張された巨大な複合体であり、中心はアメン神(アモン、アムン、アメン=ラー、アムン=ラー)に捧げられたアメン大神殿(アメン=ラーの神域)となっている。

中世よりルクソールイスラム教徒の集団が、丘の南端、神殿およびその周辺に定住していた。ルクソールの町の住民がそれまでルクソール神殿の周りやその上に築いた建物によって、何世紀にもわたる瓦礫が、高さおよそ15メートル(48-50フィート)の築山としてその場所に堆積していた。ルクソール神殿は、ガストン・マスペロ教授が、作業を開始する任務を与えられた後、1884年より発掘が始められていった[11]。その発掘は1960年まで散発的に行われた。長期にわたって、長い年月堆積した廃物が、現代集落の半分をアラビア人の実際の中核部分としていた中庭や列柱廊など現在の神殿の4分の3を埋没させていた。現在においては、13世紀頃のイスラームの聖者エル=ハッジャージ(エル・ハガック)のために建立されたアブ・エル=ハッジャージ (Abu el-Haggag) のモスクが、ラムセス2世の中庭におよんでいる[4][8]。

カルナック神殿 - Wikipedia

 

アモン大神殿

 

エジプト南東部、ナイル川東岸の観光都ルクソールにあるカルナック神殿の中核をなす神殿。テーベの守護神アモンが太陽神ラーと結合した古代エジプト最高神アモンラーを祭る。新王国第18、19王朝の歴代の王らが造営。南に約3キロメートル離れたルクソール神殿スフィンクス参道で結ばれる。アメン大神殿

 

2000年かけて大増築エジプト最大級の神殿になった。アメン大神殿面積(30ha)中心とし南のムート神殿と北のメンチュ神殿を加えた広大な神殿。新王国時代にはハトシェプスト女王、トトメス3世セティ1世ラムセス2世などが主な神殿を建設その後も建造は続きプトレマイオス王朝やローマ帝国時代の遺跡も残る。

 

アメン - Wikipedia

参考文献コトバンクデジタル大辞泉の解説、るるぶエジプト。